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知研のはじまり

作家・会長  八木 哲郎

ひらかなタイプラーターライバル現る

知研が始まった70年代前半はひらかなタイプラーターの売り上げは順調で、セミナーのほうは知的生産の技術の普及、サービスであるとみなし、個人がその都度支払う参加費はコーヒー代程度が適当(最低の時400円から700円)であるとした。150人以上来たから講師料として1万5千円~2円、会場費2万円くらいかかってもペイした。
1回だけペイしなかったのは、糸川先生の講演会を証券会館でやった時、100名くらいしかこなかったときである。糸川先生のような有名人の講演になぜ来方が少なかったことで挫折感を味わったが、その後ある人が、それは兜町の証券会館でやったからでしょうと言われた。つまり証券会社がらみの株の宣伝ととられたらしかった。
ひらかなタイプライターは順調に売れ、3年くらいで1000台以上売り上げたが、なんとライバルが現れた。それはシルバーとブラザーでともに編機会社である。シルバーはなんと22500円。ブラザーは28000円くらいだったと思うが、いずれにしても我が方が38000~40000円で売っていたので、1万円以上も差がありピタッと売り上げが減ってしまった。
その頃札幌のJALにいた久恒さんがこのシルバータイプライターで手紙を打って送ってくれた。
ブラザーは学校と大量契約して国語のローマ字教育の教材として売り込んでいた。
我が国では零細企業が芽をやっと出そうとすると既存の会社がそれをみていて売れそうとなるとすぐ出てくる。結果は零細企業が敗ける。実に容赦ない過酷な社会である。
梅棹先生は日本語ローマ字化のためにはひらかなタイプライターは非常によいといっておられたのに、その後2年くらいしてキャノンが漢字も打てるワープロを売り出し、梅棹先生はがっかりされた。

第一次オイルショックで困る

しかし、最大の試練を味わったのは、第一次オイルショックである。1973年であるが、今まで1バレル3ドル程度だった石油がなんとオペックによって一気に11ドルまで上がったので、日本経済はこれで破滅だといわれ、日本中が大騒ぎになった。銀座のネオンが一斉に消えたり、どういうわけかトイレットペーパがバカ売れしたりした。
このためひらかなタイプライターもピタッと売れ行きが鈍くなり、ほかの商品、ローヤルゼリーなどの健康食品も同様に売れなくなった。収入がなくなってまったく困った。
知研セミナーだけは順調だった。
家族を食べさせていくためにはどうしたらよいか。

魚屋を始める

国民はなんでもかんでも節約第一、安物に走った。それで私は魚屋を始めた。魚屋といっても鮮魚でなく冷凍食品である。
きっかけは弟が冷凍海産物の輸入商社にいたからである。それで築地の場外市場とはすっかりなじみになった。
昭和50年前後であるから、その頃はあちこちに主婦の会があり、東京の郊外に団地がどんどん建ち始めていた。しかしその近くにはスーパーとかコンビニが少なかったから、主婦たちは買物に不便を感じていた。
まず輸入にはかならず荷崩れ品がでるから、それを安く仕入れた。つぎに業務用というのは小売用と3割くらいの差がある。業務用をばらして小売り単位で売ればもうかった。
さらに場内売場にいくと、かならず出物があった。それはエビとか魚などを仕分けしないで大小ごちゃごちゃにして冷凍してダンボールにつめているのをみつけたらすぐ引きとることをした。
また市場に出ていない魚がいろいろあり、そういう珍しいものがあると、すぐ売れた。
そのうちにいろいろ知恵がついて、週に1回、焼津まで仕入れに行った。焼津というところは実に漁師たちの気性がよく、親切で快適なところだった。ここで冷凍マグロを電気ノコギリで輪切りにしてもらい、そういうのを冷凍のまま売ったのはたぶん私が最初だろう。
こういう商品を保冷車に積んで、あちこちに引き売りに行った。よく売れたのは小金井市とか国分寺市、狛江市、町田市などで主婦の消費組合などと協議して決まった時間と場所に行ってマイクで呼び出すと、主婦がわっと集まってきた。1日に3か所くらい回った。
この商売は3年くらいは好調だったが、だんだん経済が安定してくると、主婦はスーパーに行くようになり、郊外の団地のそばにもスーパーができて、私の引き売りはだんだんうれなくなった。
売れなくなった頃の絶望は深かった。俺は一生こんな仕事をしなくてはならないのかと毎日悩んだものである。
しかし、この時の経験でこれまで知らなかった世の中のことや人生上のいろいろな知恵を知った。
例えば魚屋という業種は社会の枠をはみだした存在で、行政もあまり介入しない世界である。魚は種類が多いうえ、大小さまざまだから計量しにくく、大雑把にならざるを得ない。行政には歩留まりがあって、面倒見切れない部分があるものだなあと思った。(つづく)

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